きっかけ■「児童虐待と信仰」のテーマは、実を言うと、この問題い取り組むきっかけになったテーマである。
ある日、突然に、児童虐待のイメージが私を襲ったので、居てもたまらず、次のような記事をネットの板に発表した。
《数日前の子供虐待死事件の報道記事に「母親は、暴行を傍観」とあり、これが事実ならば、「無びゅう性への固執」と「神格化」という事件の本質がみえてくる。
「無びゅう性固執」型犯罪は、オウム教の犯罪において顕著である。彼らは発生した損害をすすぐためにのみ殺害を繰り返したのだ。ひとつのトク聖行為から始まってえた「大義」は、その後「利失」にも適用され、暴走行為は加速したと推理。
この見方を採用すると、母親は神格化しており、少年はその信者となる。
そもそも母親の無びゅう性とは何か?
これは過ちを繰り返してやまない人間への寛容さをキープすることで、母親は神格化の道を歩みだしたと考えられる。これが母子の間のことならば、何の問題もなかった。母親の宗教的な寛容さは、聖母マリアそのものであったろう。
母親と少年の間の聖俗一体の関係は、アルバイト先での少年の悪事に対する、上司たる母親の寛大な処置によって成立したとみている。少年は自己の犯した罪に対して何のとがめだてもしない上司の態度に神々しい姿を見たのだ。こうして彼は帰依する者となった。
一方のわが子とは、神格化した母親の目には、どのような者として映っただろうか。
少なくとも彼は少年のような信者ではない。反対に、神性を犯す汚らわしき者として映った可能性が強い。「損害の発生」が母子の間では日常化している以上、すすぎとしての制裁は日常化していて当然。
事件のあつた日、母親は生理前のヒステリー状態にあったのではないか。ジャンプした状況が考えられる。めくるめく高みに自己の身をワープさせた後、少年にお告げを出したのだ。
それがポアだったかどうか。どちらにしろ、神の言葉に翻訳や暗号解読は当然。少年はそれをそれと読んだ後、実行に移したのだ。
・・・
見られるように、私のいう「信仰」は、宗教団体のそれをいうのではなく、会社等の組織を束ねる「精神(白樺風?)」のようなものを指している。
そこには無謬を誇るひとりのカリスマが居て、彼を崇拝する部下という信者が居て、命令の有無に関係なく、手足となって働いた結果、引き起こされたものがいわゆる「虐待死事件」ではないかと考えた。
それは論理を追って、たどり着いた結論ではなく、突然に襲った観念的なイメージであったから、その真否の確認のために、公判の傍聴を勉めるようになった。
そこへ行けば、私の観念的なイメージの正しさが裏付けられるだろうと内心期待していたら、まるで違っていたので、がっくりきたというのが率直な気持ちである。
仮に、ギャップというものを覚えたとしても、それを言葉で表現するためには、場数を踏む必要がある。そのために、性懲りもなく、何度か傍聴に出かけた。
こうしてつかんだことは、検察側と弁護側が争っているのは事実関係のみで、「信仰」そのものははじめからカヤの外に置き去りにされていることであった。
常識的に考えるならば、加害者がいかなる「信仰」を持とうと、それは憲法に保障された「自由」であるから、「信仰」を名指して裁くことはできないし、たとえそれが犯罪に直結する恐れのある「危険思想」だとしても、「思想の自由」とやらで、たちまち葬り去られることであろう。
無論、今書いたことは、私のいう「信仰」とは異なる。どう違うかというと、壁にぶつかるとその都度、成長を続けるかのような、増殖する「信仰」である。
・・・
成長を続ける、「虐待」信仰■今回、これをテーマにしてネットの検索機にかかったのが「エホバの証人」の児童虐待である。
これは「教えて Goo」の板で、最初の質問は、次のように簡潔であった。
>エホバの証人は現在でも児童虐待をしていますか。
こういう書き込みに対しては、教会関係者は頭から打ち消そうとするのは、どこの世界でも同じ。しかし、外部を装った信者や退会者等の告発で、「見た」「聞いた」という不確かな情報の書き込みが寄せられ、教義には「ムチでたたけ」とあるu、みたいな書き込みのおかげで、教会関係者は一気に窮地に追い込まれる。
この時のやりとりで、極端というか、3人3様の受け止め方に興味を持った書き込みがあるので、次に引用を行う
>A■虐待を推奨しているのではなく、規律が厳しいのとしつけの一貫から、一般より厳しく感じます。あたしの親は両親ともエホバの証人でした。中学に入った時に「エホバに行きたくない」といったとたん、豹変しました。父親は長老(リーダー的な位置)だったため「自分の顔をつぶした」といって殴り続けられました。母親も気が狂ったようにガスのゴムホースの切ったのを持ってきて、たたき続けました。すごいみみず腫れと顔もたたかれたので腫れて1週間いけなかったのを覚えています。
「集会に行きたくない」と抵抗するたびに、これは繰り返されました。
結局、宗教に特定されたことだけでなく、親の理想がある家庭ではしつけが厳しくなり、それに反した言動や行動があると、異常なまでしつけといってたたくというのと同じことだと思います。基本的にエホバの証人になる人は、真面目で完ぺき主義な人が多く、このパターンの親に限ってはよくあることだと思います。同じ年齢のエホバの証人の子は、一般的な子供と変わらない生活を送り、ただ宗教してるってだけで生活している子もいました。その親は「子供にも意思があるから」といってあまり、しつけも厳しくなく、離れた子がいても「子供の人生だから強制はできない」という考えでした。
おかげで、中学2年の時から胃潰瘍寸前のため、胃薬のむ生活になり、そのころからパニック障害も出始め、社会人になってからは摂食障害になり、精神的に追い詰められていたので、気が付くと自分で自分の手をカッターで切りきざんでいて、血で真っ赤になっていたのを覚えています。(自傷行為という心身症の一貫<註:一環?>)何か人間関係が上手くいかないことがあると、常にそういった心身症の症状が出て、30歳でカウンセリング受けて心療内科に通い、その結果、ようやく自身の中で心の処理ができ、現在やっとこさそういった症状に悩まされることのない生活をできるようになりました。宗教しているいない以前に、親の考え次第だと思います。
>B■あたしの場合は社会人になってから、その宗教にかかわることやめ、勘当同然で出て行き、自立することで解決しました。しかし最近になって、思うのは、その宗教に留まった子供は、40歳近くなってもアルバイト生活、自立もできておらず、結婚もせずといった子供を数人聞いてますが、社会的に問題ありだと思います。うちの弟も宗教こそいってませんが、結果的には20代の大半を就職もせず、宗教の活動だけしていたことにより、一般の社会人からはずれているのでなじめず、未だにフリータ状態。もっと悲惨な話で言えば、60歳越えた人だと、今までの人生宗教につくしたため、アルバイト生活。60歳になって年金ももらえないため、未だに働かなくてはならず、年齢のため安い給料でしか働けないので、生活のため仕事増やし、あげく宗教活動も参加できず。なんのために、人生捧げてきたのかあたしには疑問です。
あたしがしていた頃よりは、規律にこだわりすぎることもないようなので、虐待というほどのことではないですが、しつけは一般より厳しいと思います。
>C■現在エホバだったり元エホバだったり親がエホバだったりする方はやはり、普通の人とは認識が違いますね。そりゃあ全部が間違ってる宗教なんてあるはずが無いでしょう?
現実をみなさいな。ああいうのは狂信と言います。
そういう私も母がエホバ(それもその地域(エホバ内)で尊敬される立場にありました)で、散々な目に遭いました。私は子供の頃から従順なタイプでしたが、よく"貴方が良い子に育つように打つのだ。打ったから良い子になったのだ"と鞭で叩かれました。
弟が非常にやんちゃで良く悪戯をするので、その度に"弟を打つなら僕を打って"と言い、代わりに打たれてきました。お腹を何度も蹴られ、暫く御飯が食べれなかった事もあります。熱したスプーンで付けられた火傷の痕は、お陰様でまだ肩に残ってますよ。
当時の私は幼く、それでも母の愛情の裏返しだからと我慢していました。結果父が私の体中の痣に気付き、夫婦内に暗雲が立ち込め、その中で母は他に男を作って離婚になりました。
その時は弟と二人で喜んだものです。
はじめのAは、典型的な児童虐待例で、アダルトサーバーというのですか、後遺症に苦しむも心療内科の治療を受けて、症状は寛解状態にあるようですね。
次のBは、フリーターの元祖みたいな信者がいて、奉仕活動を続けたまま年を取ったが、年金がもらえないため、働かざるをえず、安い賃金のために奉仕活動もできなくなったというのは、これ以上にはない人間的な・身につまされる話で、感動しました。
この話のどこが虐待に絡むのかという点ですが、制度的な・二の句の継げない「イジメ」の問題が横たわっている一方で、宗教活動ができなくなって自立した信者としての真価が問われているのかな、って・・・。
最後のCは、展開がねじれて、ハッピーエンドで着地が見事に決まるところ、只者とは思えぬ体験報告です。これは、仏教物語があるように、「エホバ」物語と呼んでも支障がないでしょう。
虚実のないまぜのもの、といっても単なるそれではなく、高次の虚実です。
つまり、正義を行使する父こそ「神様」であり、虐待をするような悪い母親は「邪教」の使徒か、でなければ、わが父が罰してくれるとでもいうような・・・。


by ayarin
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