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今、わが心の中を占めていること

2010/04/26 05:50

 

のッぴきならぬ事情でインターネットの利用を自粛つもりでいたところ、プロバイダの変更で何とか切り抜けられそう。

遺書のつもりのプログ発信がしばらくは続けられそうだ。

書きたいことは山ほどあるが、整理の必要から書きとめてみることにする。

 

犯罪心理学■ザ・依存症の本質解明は、ほぼ完了?

後は、書く意欲。この心の問題がクリアできれば、すぐにでも公表に踏み切りたいと思っている。

被害・災難■ザ・S学社は、筆が止まっている。

政治■保守と革新の違いが目に見えるようになっている。

今書きとめずにいると忘れてしまいそうな、はかない観念である。もう忘れてしまったかも。

 「負の主張」を加える必要を痛感している。

 沖縄の基地移設問題は、日米安保問題にメスを入れない限り、前進を意味しない。

 日本の自立とかいう問題ではなく、憲法問題もからませて持論(国防のための軍隊という発想を転換させる必要がある)を展開させたいと思っている。

趣味■金沢将棋の攻略法を見つける。速攻で二通りの。

寝る前に完勝して、気持ちのいい睡眠をと思って始めると、勝てなくて明け方までのめりこむことがしばしば。

書くまでもないことだが、凡手を繰り出していたのでは勝つことは容易だはない。いや、不可能だ。

 ひかりTV放映の「24」と「ロスト」を毎回欠かさず見ている。

24」の国の安全が内外のテロリズムによって脅かされているという設定は、アメリカンナルシシズムの極致を行くものであろう。

としても、平和ボケした日本人にとって国の安全について考えさせられるいい番組であることに変わりはない。

放映中に流される4回ものCMは、視聴者の反発を招くのでは?

「ロスト」の作者は、天才であろう。時折見せる精神異常の世界に鳥肌が立つ。

飛行機の墜落で遭難したという設定だが、実際は、彼ら生存者はその時の事故で死んでおり、以後は、”島”という死後の世界を漂流しているというのが真相なのではないのか。

回想シーンなどで、登場人物の過去が明らかになる設定は好感が持てる。

人それぞれの生き方があるってね、わかりきったことだけど、自分の知らなかった多様な生き方、あるいは、はかりしれぬ内面性に驚倒している。

それぞれの登場人物には陰と陽というべき一対の組み合わせにするというルールがあるようでもとよりその出会いは様々だが、やがて片方は死に分かれたりして明暗を分けるのは、運命のいたずらか、興味の尽きることのない作品である。

農業■今春から畑を借りて、作物を育てている。

友人の病気■慢性的な下痢症状に苦しんでいるため、症状改善のために民間療法に取り組んでいる。

その友人は術後もなお頚髄症を患っており、神経は回復するという自説の破たん例かと思想的なジレンマに陥っている。

科学■ 銀河の中心にブラックホールが陣取っているとか。ただし、活動休止中なのは、本日休業氏みたい。

であるからこそ、逸脱論の新たな展開を書くかどうかで迷いがある。

 失敗?すれば、底なしのスランプ状態に突入するかも。

ギャンブルに命金を使わないことは鉄則だけど、さあどうするか?

 

私生活■死後を浮遊しているような、生活実感の乏しい不思議な生活を送っている。

 

まだまだ占めていることはあるけど、この程度に収めて後は忘れることにするか。

 

画像は、24S6に登場のノア副大統領。大統領の暗殺を企てるなど悪漢だけど岡田外相とそっくり。

中身は、まるで似ていない?

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~加藤智大論23

2010/04/11 13:12

 

LOST第38話~「詐欺の手口」とヘロイン中毒患者のチャーリーの復讐(前篇) 

前回までのあらすじには、チャーリーが赤子を盗み出して、「アーロンを渡せ」とロックが迫るシーンが映し出されます。

「何様のつもりだ。あんたが何をした。誕生に立ち会い、連れ戻したか。父親でも家族でもない・・・・・」

と、無意味な抗弁をします。

「すまない」と詫びるチャーリーに、突然、ロックは殴りかかり、3発ほどの打撃であえなく波打ち際にチンポツ。

 

次のシーンでは、ジャングルの奥でジャックを頭にした遭難グループと先住民との間で一触即発のトラブルが生じ、人質の「ケイト」を盾にして一方的な休戦協定に同意させられます。

「ここは君らの島ではない。俺たちの島だ。君たちが生きていられるのは、俺たちが寛容だからだ。ここに境界線を引く。この線を越えたら、誤解ではすまなくなる。君が決めろ、ジャック!」

 

三番目のシーンでは、ジャックが元警官のアナルシアに向かって質問し、

「軍隊は、何日で作れる?」

と、復讐(表向きは「自衛」)のために軍隊を立ち上げることをにおわせます。

 

こうして復讐の種子が次から次に畑にまかれ、一つは、発芽。さらに、本話では別の種がまかれます。

 

「おやおや、郊外の住宅地にお引っ越しかね」

と、海辺で小屋掛けをするチャーリーを冷やかしたのはソーヤであった。

「よくある話だよ、女が家を乗っ取り、男は安アパートにか。俺も嫌われ者だと思っていたが、赤ん坊を盗む奴には、負けた。たとえていえば、ガンジーを切れさせたんだからな」

「そんなことよりお前のテントが荒らされているんだけど、いいのか」

そう言われて見ると、鋭三角屋根のテントの中を、なんとジャックが物色中。ドウミタッテ、泥棒デス。

顔色を変えて、怒鳴りこむソーヤ。

「ハッチから盗んだろ」

「盗んだのはそっちだろ、元々俺の持っていたものだ。取り返しただけだ」

「薬は、ここの全員のものだ。お前のものは何一つない」

「やめとけよ、俺は本気だぜ。今返せば、見逃してやる」

「俺を脅かすのか」

「どうする、先生」

ソーヤの脅しに屈せず、平然と立ち去るジャックを白目で睨みつけるソーヤ。

 

もう一つの種子がまかれます。

畑仕事中のサンが何者かに襲われます。

悲鳴を聞いて、ソーヤとケイトが駆け付けると、サンが額に傷を負って気絶して倒れています。

「ジャックを呼べ」

と、ケイトに命ずる傍ら、ソーヤは自分のテントに患者を運びます。

この襲撃で復讐心を燃やすのは、夫のキムです。

彼は韓国系ですから、燃えたら最後、鎮火不能のハンを立ち上げます。

こうしてジャックの復讐の企画にキムも合流するわけですが、肝心の襲撃犯が定まりません。

 

「奴らよ」とアナルシア。

「だが、手を出さないといった」とロック。

「だから、奴らが約束を破ったんだ」とジャック。

「どうしてそうと言い切れるんだ」とロック。

 

(閑話休題)

 

この作品は、確かに面白いが、空中分解していると見ている関係で、まあ、たとえていえば、アホ面で線を丁寧にたどっています。

ですが、作者は構想に酔ったなと思ったのは、たとえば、ソーヤが回想シーンの中で60万ドルの詐欺に成功して、「ワンミシシッピー、ツーミシシッピー」と数を唱え、ファイブまで数えるわけですが、この奇天烈な意味をネットの検索で調べると「赤ちゃん泥棒」の中の有名なセリフであることに気付かされました。

つまり、チャーリーの「赤ちゃん泥棒」にひっかけているわけです。

それゆえに、穴ができたのではないかと。

 

(つづく)

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~加藤智大論22

2010/04/10 01:33

 

LOST第37話~「天国の言葉」を語る元ヘロイン中毒患者のチャーリー(後編)■

 

「がっかりしたよ、チャーリー」

「つけてきたのか」

「いつからここに来ている?」

「ジョン、あんたの勘違いだ」

「(ヘロインは)全部捨てたと言ったのに、ここにあるのはどういうわけだ

「だから、その続きなんだ」

「そうか、私に見つかったからか」

・・・・・

「君は以前にヘロインは自分でやめるからというのでチャンスを与えた。が、今度は私が決める」

「よこせよ、目の前で捨ててやる。ホラ・・・・・捨ててやった。確かに、俺はうそをついていた。前に、あんた、言ってただろう。すべて物事には理由がある。島は俺たちみんなを試している。俺を試すためにここにあるんだ」

「君がここに持ってきたからだろう」

「ジョン、待て、待てよ。・・・・・どういうつもりだ。クレアにいうつもりか。彼女が知ると二度と信じてくれなくなる。アーロンが危ないんだ。信じてくれ」

「君は信じるに値しない・・・・・」

 

この後のロックは、ヘロインの処分を行わず、ハッチの武器庫の棚の上にマリア像を並べて飾ります

 

ヘロイン依存症患者チャーリーの幻覚は、アーロンがピアノの中に閉じ込められて泣き叫んだり、波にさらわれたりする他に、天使の格好をしたチャーリーの母親とクレアから「赤ん坊が危ない、助けて、あなたにしかできない」という声を昼間に聞きますが、ハーリーの呼び声で夢遊状態から覚めると、真夜中。

異常な執着は、「しばらく距離を置きたい」と望むクレアの気持を無視するかのように、アーロンに接近する執拗な態度に表れています。

海辺の近くの木々に囲まれたエコーとの会話で「君の夢には意味がある。赤ちゃん危機に迫っているというのは本当かも」といわれると、すぐに短絡的な行動をとって「赤ちゃんに洗礼を」と騒ぎをおおきくするのは「狼少年」の面目躍如といったところ。

 

最後に、依存症患者の特有の行動として最重要なものを一つ見落としていました。

それは、「報復」です。

次の38話「詐欺の手口」では、ペテン師の前歴を持つソーヤーと組んで信じがたい・手の込んだ報復を行っています。

チャーリーの報復の直接のきっかけは37話ではなく、36話「境界線」でチャーリーのアーロンへの異常接近をとがめるためにロックからなぐられ、目の下に数針縫うほどの傷を負わされたことのようです

 

 

参考■

episode12天使の言葉

夢でうなされて起きたチャーリーは、急いでクレアとアーロンの安否を確認すると、二人はロックの庇護を受けていた。安心すると共に嫉妬したチャーリーは、クレアにやり直してくれるよう頼む。しかしクレアはチャーリーを寄せ付けなかった。
今度はアーロンがゆりかごごと海にされていた。決死の思いで助けるチャーリー。すると彼の目の前に天使のローブを着たクレアと自分の母が、宗教画のように座っていた。2人は口々に「チャーリーが赤ん坊を助けなければならない」と言う。その時、ローブ姿のハーリーが出てきて、チャーリーの名前を呼ぶ。チャーリーは目を覚ます。彼は夢遊病状態だったのだ。夜中にクレアのテントからアーロンを「さらった」として責められるチャーリー。自分でも訳が分からず頭を抱える。
チャーリーはロックからクレアに話して誤解を解いてくれるよう頼むが、ロックもまたチャーリーがヘロインをやっているのではないかと疑っていた。チャーリーは、エコーと2人で飛行機も全部燃やした、と主張する。チャーリーはエコーに夢の話をして、エコーからその夢が意味するものの可能性を示唆される。それを聞いて「アーロンを洗礼しないと、彼に危険が差し迫っている」とクレアに迫り、ケイトに追い返される。

(URLなど調べてみましたが、不明。申し訳ない。。。)

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~加藤智大論21

2010/04/09 07:50

 

 

 

 

 

ザ・依存症~殺人犯の心理~加藤智大論21

LOST第37話~「天国の言葉」を語る元ヘロイン中毒患者のチャーリー(前篇)■ 

薬物依存症患者の行動で共通しているのは、幻覚とそれを意味あるものとして行動に移し、周囲の人間とトラブルを起こすことでしょうか。

ほかには、異常な執着や「否認」がらみのあからさまなうそをつくことです。

 

ドラマでは、元ミュージャンのチャーリーは山中に墜落した飛行機の中で見つけた空洞の内部にヘロインを隠している聖母マリア像を所持していましたが、その事実を友達の子持ちのクレアに隠していため、お友達からは信仰心のあつい人と思われていました。

しかし、それを知る高年のロックなる男(ドラマでは「信じる神」のような役を与えられている?)から本当のことを知らされたクレアは怒り、うそつきのチャーリーと絶交します。

(遭難する前のロックは車いす生活を送っていました。それが遭難して命が助かると同時に足の病も奇跡的に治ったわけですから、ミラクルを信じられる「信念」の男に変えたのです)

 

ここで、鬼読みを披露。

「聖母マリア像」と「ヘロイン」の組み合わせは、「宗教は麻薬である」といったマルクスの言葉をほうふつさせますが、ドラマではエコーという偽悪家の兄の発案で聖職者の弟に密輸の計画を持ちかけます。

金儲けのためではなく、ヘロインで儲けた金で貧しい国で飢えている人々を救おうというものです。が、飛行機は墜落して弟は死亡。

なんといっても興味深いのは、その奇妙な組み合わせに製作者の側はどういうオリジナルの意味を持たせているかです。

ヒントは、扱いにくそうなクレアが「聖母」であれば、その赤子アーロンは、さだめし「イエス・キリスト」でしょうか?

となれば、意外や意外、「麻薬」が「救世主」としていずれ昇格?

とにかく、チャーリーをはじめ、「赤子」に「麻薬」とそのほかにも「救世主」がぞろぞろという感じです。

 

 

LOST37話では、幼少時代のチャーリーは、クリスマスの日にピアノのプレゼントと引き換えに、音楽の才能を開花させて、「私たち家族をここから救い出して」と母親からベートーベンのように「家族の救世主」として過剰な期待を背負わされます。

チャーリーには兄リアムがいて、その時の彼のプレゼントは年相応の玩具です。

突然「がんばれ、チャーリー」と声援を送るリアムに、血の滴る包丁を持つ怖いオヤジも出てきて「音楽なんかで救えるもんか、手に職を持て」と怒鳴りつけます。つまり、過剰な母親の期待がトラウマになって、フラッシュバックを引き起こしていると。

一方のリアムは、幼時の差別待遇を根に持っているのか、成人してからは毎日のようにドラックに溺れる自堕落な生活を過ごしていて、リアムの奥さんの出産日に見舞いにも行かず、ドラッグ三昧。

やがて、離婚します。

「気合を入れてやろうぜ、おれたちには金が必要だ」と折角のおむつの広告のレコーデイングの時も兄の失策で台無しにしてしまいます。

(録音の際、4人のバンドはおむつをはかされて、漫画チックなベビー状態。歌は「赤ん坊は誰もが、赤ん坊は誰もが♪」でカット)

ある日、「金もねえ、どうすればいい?」と兄は弟のチャーリーに泣きついてきますが、弟は「曲を売って、稼ぐ」といって健気な答え。「おかしいじゃねえか、・・・・俺は雨の中で泣いている♪」といったおセンチの自作の歌を聴かせると「いっいいいい・・・・・金になるぜ」と兄は絶賛。

しかし、直後の言葉は、「ところで、お前さん、まだ薬ある?」

このあとに、兄は無断で弟のピアノを売って、出直すための海外渡航の費用に充当します(「そのせいで逆にチャーリーがヤク中に・・・」と「LOSTのア・イ・ツ」

 

回想シーンが終わると、チャーリーは山中の木の根っこに隠した聖母マリア像を壊しヘロインを手にしたところで、尾行していたロックから声を掛けられます。

このときに依存症患者特有の「否認」を行って、ロックの追及をかわそうとします。

 

 

チャーリーが自作の甘くて切ない歌詞は次の通り。

 

♪おかしいじゃねえか

ここに立つ俺に、お前は気づいた

おかしいだろ

俺は雨の中で泣いている

独りぼっちのまま

俺は誰よりも強くなるだろう

二人一緒なら

俺たちは救われるはず♪

 

 

(つづく)

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~加藤智大論20

2010/04/08 03:51

 

依存症とは?

 依存症とは、願望と恐怖のアンビバレントな感情に囚われた者であり、脱出口が見出せない者たちではないのか?

あるいは、目の前にある恐怖の脱出口を目指して勇気の要る第一歩が踏み出せぬ者たちではないかと見ています。

 

念のため、依存症についてネットの検索で調べてみると、アルコール依存症のような薬物依存のほかに恋愛依存症のような人間関係の依存症もあります。ほかにはギャンブル依存症を指して過程への依存症としています。

全体的に生ぬるい説明に終始していて、ビタミン入りの栄養ドリンクが無性に欲しくなりました。

 

>依存症(いそんしょう、いぞんしょう)とは、WHOの専門部会が提唱した概念で、精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う特定の行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める抑えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行動が優位となり、その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる精神的・身体的・行動的状態のことである。(wik「依存症」)

 

上記の依存症記述で面白いと思ったのは、異常な執着の後に続く「否認の言動」です。

 

>異常な執着

大量・長時間・長期間にわたって依存対象に異常に執着するため、重要な社会的・職業的・娯楽的活動を放棄・減少させる。また、精神的・肉体的・社会的問題が起こっても、対象に執着し続ける。動物実験でも、脳に電極を埋め込まれた出産後のラットは、子供を放置してまで報酬系への電気刺激を求めることが知られている。

>否認

依存症患者は、病的な心理的防衛機制である「否認」を多用するため、しばしば依存症は『否認の病』とも言われる(否認言動は診断に必須ではない)。また、家族や恋人などが依存症患者に共依存している場合、共依存している者も否認を行う。否認は、その対象によって以下のように分けられる場合がある。

第一の否認~「自分は大丈夫!」

「少し多めに買い物をしても、返せないほどの借金があるわけではない」「タバコ吸っていても、自分は今まで癌になっていない」「マリファナは害が少ないから、やっても大丈夫」など、依存による有害性を過小評価・歪曲して、自らの問題性を否認する。

「最近はパチンコに行く回数が減ったから大丈夫」などと、周囲の者が「第一の否認」をすることもある。

第二の否認~「やめさえすれば大丈夫!」

依存によって依存対象以外にも生じてしまった問題を否認することが、第二の否認と呼ばれる。周囲との人間関係やコミュニケーション、経済問題やその人の内面などに問題があることを否認する。「酒さえやめれば、元通りいくらでも働ける」「クスリをやめさえすれば、俺も家族も問題はない」など。

また「パチンコさえしなければ、申し分なくいい人なのに」と周囲者が「第二の否認」をすることもある。

否認は病的防衛機制として、病気利得を得るために(つまり、依存を続ける言い訳として)なされる。たとえば、

「世の中、面白くないことばかりだ」  (世の中のせいで依存し続ける)

「私はかわいそうな人なの」  (だから依存し続けても仕方ないの)

「人間は誰だって死ぬんだ」  (だから依存し続けても同じだ)

「使っていれば落ち着くんだ」  (だから依存し続けるメリットがある)

「法律に違反しているわけではない」  (だから依存し続けてもよい)

嗜癖性を持つ物質への依存では、禁断症状の発現を抑えることが病気利得となり、否認行動を強化する。このため、多くの嗜癖性物質は法的に厳しく規制されている(麻薬・覚せい剤・大麻など)。

 

依存症というのは、いくら断片的な知識を集めても、理解はできません。

当たり前のことですが、すでに重篤な依存症を取り除けば彼はどこにでもいる正常な人間かというと、そうはいえないと思います。

やはり、下記のような人格障害を疑ってみるべきでしょう。

 

>アダルトチルドレンは精神医学的な概念ではないため、診断名にならない。ただしその症状により、境界性人格障害、依存性人格障害、自己愛性人格障害、回避性人格障害等の人格障害として診断される。

(WIK[アダルトチルドレン])

 

わたしは過去に幾度となく、依存症を疑われるような人間から執拗な攻撃や嫌がらせを受けた経験があり、対応を間違ったためにひどい仕打ちを受ける羽目になったと今思い返しているところです。

(彼らの中には対応を誤れば、人を殺すこともいとわない怖い面を持つ者もいるのです)

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~ある児童虐殺論7

2010/04/06 14:01

 

「粥一食」の謎

というわけで、兵糧攻めが「なぜ一日一食で、流動食なのか?」というように問題を整理して、図書館まで足を運んで調べまくりましたところ、次のような新聞記事を見つけました。

 

・・・・・独房は三階建ての「連華」の三階に九室あった。広さは二畳分。中の施設は裸電球一つと、換気扇だけ。トイレは携帯式で済ませていたが、一日に一回しか回収されないため、独房内には悪臭が漂っていたという/食事は朝九時に水筒、同十時に「オウム食」と呼ばれる粗末な食事が差し入れられるだけの一日一食。カギは外から掛けられ、信者が自分の意思で出ることは不可能だった。信者は毎日「修業報告書」を提出することになっていた」(1999929日『読売新聞』見出しは「陰惨“オウムの刑務所”」「独房は、二畳、漂う悪臭/一日一食、外からカギ」)

 

 上の記事を見て、これは似ていると思いました。「外からカギをかけ、監禁の上に、一日一食」というわけですから、川口被告はこの記事を見てまねをしたのではないかとさえ思いました。

しかし、公判の傍聴で知りえたことは、雄起君の食事の内容は、生存に必要な最低限のカロリーが不足しており、かつ、「アジ」の煮魚なんかのドウブツを混ぜてのお粥もあったということでしたから、オウム食の根菜類を多く取り入れた徹底した養生食とは明らかに異なります。また、施設内の信者は一日一食が原則ですが、川口被告はおそらくお三度は、きっちりととっていたと思われます。なんせ、あの100キロは超えようかという体躯の持ち主ですから。

 これ以外の違いとして着目したのは、監禁名目の治療目的と修行目的の違いです。ですが、その本質はまるで同じということに気付きました。隠蔽体質がです。

「蓮華」は「独房」に閉じ込める理由として「性欲の破戒をした」「教団の活動で失敗した」などを挙げて、「修業」目的で信者自身の同意を取り付けたうえ、監禁してしまうわけですが、教団の施設内に住みつくこと自体がすでに「修業」目的なわけですから、教団側の説明はおかしいということになります。

では、(信者のためを思って)苦行を強制的に課すことによって、「宗教的至福」や山伏の修行のように「死と再生=生まれ変わりなどの宗教的体験を期待していたかというと、この点は非常にあやふやになります。

残るは、リンチの意味ですが、「法によらず、私人が勝手に加える制裁」(広辞苑「私刑」)かというと、これも迷いが生じてきます。

しかし、禁を破ると、監禁しての死の恐怖体験にさらしての学習効果は期待できるはずです。二度と禁を破ることは絶対にしませんというように、改心には役立ちます。

 川口被告はどうかというと、雄起君が監禁されて祖母に救い出されたときに、なぜという問いかけに「ぼくがゆうことを聞かないから、反省するまでそうしていなさい」と答えているように、監禁が制裁目的であることを明白に告げています。

が、治療が修行目的にほかならないことを隠していました。

 

この「わか」になるには、若い時分に師匠について「神つけを習得する。五六年修業させ、その間は毎朝水垢離をとり、粥一食で苦行し、八百万の神の名を覚える。(吉本隆明著『共同幻想論』の「巫女論」より抜粋)

 

 見られますように、「粥一食」の謎が解けます。

このことを川口被告は知り尽くしていたという前提でコトの真相を暴くならば、「治療」として構想していたものは、雄起君という「御神体」を強制的に修業させて、男「巫女」として再生させることではなかったかと思いました。

仮に、川口被告は自分がなりえなかったシャーマン願望を雄起君の再生に期待(依存)していたとすれば、そういう《ゆるゆる》の妊娠幻想に取りつかれての犯行という見方が成立してもおかしくはないと思います。

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~ある児童虐殺論6

2010/04/06 11:23

 

川口被告の病的な意識状態

この意識の割り出しには、「川口被告がなぜ無職なのか?」という点からはじめたいと思っています。

周知のように、働くには会社の定めた細かいルールに従う必要があります。何時までに出社とか、タバコは休憩時間以外や所定の場所以外では吸ってはならんというように。

 換言しますと、会社のルールに従うということは、会社の“良心”という制服の着用を意味するわけですから、川口被告のようなタイプは、自己の良心を書き換えるか、日中だけというように部分的な手直しを加えるかどうかしなければ、就労のチャンスをつぶすことになります。

 良心の問題だけではなく、人間のサイズも川口被告はゆるんでいるわけですから、等身大の自己にまで極端に圧縮する必要があります。勤労者にとっては当たり前のことが川口被告にとってはことごとくが難関として立ちはだかるわけですから、それらを超えることができなければ、ゆるい生き方としての無職状態を甘受するしかありません。

 今度は、怠け癖から迫ることにします。川口被告に家事を任せたら、台所はゴミの山にする、風呂場には洗濯物を山のように積むという、怠け癖の意味するものは、ゆるゆるの「夜の意識」と密接な関係があることを示していると思います。つまり、被告の意識は四六時中、宙を漂っているようなトリップ状態にあり、そこで俗事にかまけると、着地状態(=覚醒)に陥る可能性があるから、キープの必要上、洗濯などの俗事を避けたのではないかと推測しました。

 

 ここで、ひとつの疑問に襲われます。川口被告は昼も夜もゆるゆるの「夜の意識」状態に浸っていたから、ものが見えずに、監禁した雄起君を死に追いやったのか?

 そのように思うのは、雄起君の死(緩慢な絞殺)は「祈祷中心」から「兵糧攻め」というように治療方針の変更が強く働いているわけですから、意識状態の変容があったかどうかも含めて、検討する必要にかられます。

 本心といいますか、私の考えを明かしますと、善意の塊だけで人は殺せないと思っているわけでして、そこには犯罪につながる恐怖主体の関与や犯意が必ずしや隠されているはずで、治療方針を変更した際、それを立ち上げたかどうかを見極める必要があります。

予断かもしれませんが、本件はそのジャンプの可能性が極めて濃厚ということです。

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~ある児童虐殺論5

2010/04/06 05:39

 

被告のある依存症?■

残された問題が山積状態にあることは、言を費やすまでもないことですが、その中で特に気になっており、取り上げたいと思っているのは、「なぜ治療に意欲を燃やしたのか?」という点です。

といいますのは、憑き物落としは、しかるべき霊能者がお祓いをすれば、簡単に落ちるところ、川口被告はなぜか「落ちていない」と思った関係で、治療が際限なく延びたと考えられるわけです。

亡くなられた大迫雄起君を不登校児に仕立て上げてから監禁部屋で変死に至るまで約二年間を拘束状態に置いていました。

これが単純なネグレクトあれば、知人と母親の非人道ぶりやうそつきをなじり、刑罰という方向で問題解決の道筋が立ちます。しかし、本件はオカルト的なものが関与しており、その点も含めて、二年間もの間、飽きもせず、「なぜ治療に意欲を燃やしたのか?」という疑念が依然としてくすぶりつづけています。

この問題解決のために文献などを漁っていましたところ、監禁された雄起君は治療者にとって「御神体」という考えに到達しました。

 

「・・・・・しかし本質的に重要なのは、この種の巫女が神憑りの状態にはいるばあいにつかう神体のたぐいが陽神あるいは陰陽二神の象徴ということである。・・・・・」(吉本隆明著『共同幻想論』の「巫女論」より抜粋)

 

 おいしいところだけをつまみ食いするような引用の仕方で誠に申し訳ないと思っていますが、それがどういう意味をもつかといいますと、「・・・・・聖テレサが自己喪失の状態で疎外するのは自足した〈恍惚〉だということである。この〈恍惚〉状態は、自己性愛と共同性愛の二重性をふくんでいる。そして重要なのは・・・・・『遠野物語拾遺』の〈巫女〉が自己幻覚の中で疎外するのは〈面白さ〉である。・・・・・」(前掲書)とありますように、治療者自らの離脱をともなった快い体験をもたらすものであったことから眼がくらみ、監禁部屋で苦しみもがき、壁に頭をはげしくぶつけてまで救いの手を求めようとした雄起君の苦痛が読めず、ついぞ解放することはなかったと見ています。

 なお、引用中の巫女の「面白さ」とは、映画などで登場した巫女が「アハハハ」と狂乱状態で笑うシーンを想起されるとわかりやすいと思いますが、吉本はそれをさして「恍惚」ではなく、日本の巫女の場合は性的「愉悦」をいったものと解釈。

 

次の引用は、事件の判決を報じる新聞記事ですが、本質が見えていないから、古臭いたとえを借りると、木を見て森を見ないきこりが木を切って見せますが、私の目から見るとどれもこれもが空を切っているとしか思えません。こういう不満を大いにもったわけですが、批判の意味を込めて、事件を今一度洗い直したいと思っています。

 

関連記事■「<小6衰弱死事件>母親と知人女性に懲役刑 大阪地裁」
 大阪市住吉区で02年8月、小学6年生の長男雄起君(当時12歳)を自宅に監禁し、十分食事を与えず衰弱死させたとして、保護責任者遺棄致死と監禁致死の罪に問われた母親の大迫智枝被告(38)と知人の川口道子被告(40)に対し、大阪地裁は26日、大迫被告に懲役8年(求刑・懲役10年)、川口被告に懲役9年(求刑・同)をそれぞれ言い渡した。角田正紀裁判長は「雄起君を人間として扱わず尊厳を踏みにじった」と指摘したうえで、川口被告が主犯的役割を果たしたと認定した。一方で「監禁と死亡に直接の因果関係はない」として監禁致死罪でなく、監禁罪適用にとどめた。
 判決によると、両被告は93年、子どもが同じ保育園に通っていたことから知り合い、大迫被告が川口被告に子育てを相談するようになった。離婚した大迫被告は借金返済のため昼夜働いていたことから、97年2月ごろ、雄起君の食事などの世話を川口被告に依頼。その後、川口被告が「(雄起君の)言動がおかしい」と言い出し、大迫被告も受け入れ、虐待が始まった。
 判決は、大迫被告を「次第に雄起君を重荷に感じて死に至らしめており、親の役割を放棄した」と指弾。川口被告に対し「治療と称した無責任な独自の対処法がエスカレートした。(雄起君の)祖父母が雄起君を引き取るのもウソを言って断念させた」と非難し、大迫被告より刑事責任が重いと結論付けた。
 角田裁判長は「助けを求めても非情な仕打ちを受け続け、その声が誰にも届かないまま一命を奪われた雄起君の苦悩や絶望は想像を絶する」と述べた。
 ◇判決の認定事実◇
 川口道子、大迫智枝両被告は01年1月ごろ、雄起君の家出などの治療と称し、大迫被告宅の1室に南京錠で施錠して監禁。02年4月ごろからは、みそ汁に食事を入れてミキサーで粉砕するなどした「流動食」を1日1回しか与えず、急激にやせ衰えても医師に診せず、同年8月12日、栄養失調による急性肺水腫で死亡させた=保護責任者遺棄致死罪、監禁罪。(毎日新聞) - 20051026

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~加藤智大論19

2010/04/05 01:40

 

あるうつ病患者との出会い■

依存症患者の歩むコースは、決まっています。

彼はゆえのない願望に取りつかれており、彼を待っている出口には「恐怖」の記号が意味ありげにぶら下がっています。

それ以外の道は、無意味無価値であり、彼は牢屋に閉じ込められたような息苦しい生活を送っています。

繰り返される無意味な日々、それでいてプレッシャーに押しつぶされそうな日々を生きていています。

(夜は一転して、極度に弛緩した生活に溺れている可能性があります)

そうして唯一の出口から脱出してみると、彼は殺人者であったり、自殺者であったりするわけです。

彼が生きていたのは、精神分析学的にいえば、願望と恐怖の間だけです。

仮にそれらが“生”の願望と“死”の恐怖といいうるならば、アンビバレントを生きただけの人生ということになります。

仮にそれらが根源的な宗教的な両価感情といいうるのであれば、彼らは根源的な宗教的な生き方を貫いたことになります。

加藤容疑者を知って思うことは、彼の人生もまた“アンビバレントを生きただけの人生”ということです。

次の引用は、うつ病患者を抱える家族の心得を説いたものです。

 

「家族など周囲の人たちも、長い目でうつ病患者を見守ることが求められる。〈頑張れ〉や〈甘えるな〉という言葉は、患者自身の力ではどうしようもない今の状態を、今すぐに自分の力で変えるようにと、無理を求めるものとなる。そして、このような言葉は、患者を追いつめ、最悪の場合、自殺の誘因とならないとも限らない。患者のみならず、周囲の人々も、患者がうつ病であり、患者自身の力では今の状態から抜け出せないことを受け入れ、長い目で回復を信じ、あせらないことが必要である」(Wik[同])。

 

私が思うには、彼患者は幸福感情と引き換えに無限大の神々しい自己イメージを立ち上げていると。ですから、ブルーの心をもつ患者と彼を見守る家族の両者をまるで包み込むように、別の人格を立ち上げている可能性があることです。

そういうケースでは、子犬などペットを与えれば、彼は真価を発揮して、病んだ精神が立ち直るきっかけになります。患者として適合した小自己と不適合のまま浮遊させている神々しい大自己との間に生じたネジレを修復させる機縁を生み出すということです。

 ですが、このケースによる失敗例が、次の章で取り扱う川口道子受刑囚です。この原因は、書くまでもなく、川口本人にうつの病気の自覚がなかったことです。

 

プログを開設していた時、あるうつ病患者と交流する機会に恵まれました。彼は服毒自殺の予告をプログに書き込むような人でしたが、幸いにも一命を取り留めました。

OS教の元信者で、ハルマゲドンが訪れたら自分の命はないと頭から信じていました。父から受けた暴力を恨む書き込みもありました。

私が彼と関係せざるをえなかったのは、彼の画像に象徴的な意味が読めたからです。そこには人影がありません。自分の心を映しだすような殺風景の画像です。そのうち冥府を意味するような画像を添付しました。

これがきっかけで、画像にキーを残していることがわかりました。彼がキーを私に手渡しているかどうかまではわかりませんが、その導きによって彼の精神の奥深くへ侵入しているような幻覚を持ちました。

ところが、些細なことからつまずくと、自分の精神がやられると思って、身を引くようにしました。

すると、プログに巨きな画像を添付しはじめたのです。

この意味がわかりませんでした。今ならわかります。「本当の私は神々しく、このように巨きいのです」と言いたかったのではないかと思っています。

そんな彼が彼自身を見守っていて、死の淵に留まっている彼自身を救い出すためにキーを手渡そうとしていたのではないか・・・・・と。不眠症も患っていて、服用している薬が相当の数にのぼっていました。今は、どうしているか気になっています。

(あの時は・・・・・ただ、力がほしかった・・・・・)

 

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ザ・依存症~殺人犯の心理~ある児童虐殺論4

2010/04/04 16:59

 

犯行主体は、《巫女》という治療者?

 

そもそもこんな信じがたい事件が何故に起きたかというと、雄起君が同級生の川口被告の長男を突き飛ばした点にあると見ています。怪我こそありませんが、これがきっかけになって、危害を加えそうな子の頭がおかしいのではないかと疑念を抱いたことから、雄起君に対して「口ごもる」とか「他人とコミニケが取れない」とか「肥満気味(?)」(教員の証言)といった点をとらえて、それぞれ「言語障害」「精神障害」「発育不全」とかのわけのわからぬ病気をでっちあげたと見ています。

と書きましたが、「疑念を抱いた」の点に関しては、「哀れに思った」と書き換えるべきかもしれません。同様に、「でっちあげた」も改めるべき必要を覚えますが、適当な言葉が思い浮かびませんので、とりあえずは、そのまま。

 

たとえば、 2004年79日の公判では、「死んだまねをして救急車を呼んだ」という雄起君の問題行動についての検事の尋問がありました。証人(担任の教員)は「おかしいと思った」とか「救急車を呼ぶほうがおかしい」とか陳べていました。で、「誰が呼んだと思うか」の尋問に対しては、「大迫さんのお母さんだと思います」と陳べても、人物が特定できたわけではありません。
 この件に関しては、雄起君はそのまま眠っていたくてじっとしていたところ、母親の大迫被告が勘違いして救急車を呼んだようです。もし、情報源が母親ならば、「雄起君の様子がおかしいから、救急車を呼んだ」となるところ、「死んだまねをして救急車を呼んだ」という奇妙なフレーズを創作するのは、悪意をもった・邪推深い第三者しか考えられません。

と書きましたが、ここでも悪意はなく、川口被告はあくまでも善意の持ち主であり、「奇跡」を信じようとした日本版マザー・テレサという見方が成立するのであれば、雄起君に取りついた動物霊が「死んだまねをして・救急車を呼んだ」との解釈が成立します。つまり、「死んだまね」を雄起君によそわせただけではなく。「救急車」に関しても、動物霊が大迫被告を使って「呼ばせた」と理解すればつじつまが合います。

川口被告の独り相撲といいますか、妄想的な世界に入り込んで、動物霊と格闘している様子が見えたとしても決しておかしくはないと思います。

被告自らが作ったおニュー母親物語(妊娠幻想、後述)に溺れた結果が見るも無残な児童衰弱死事件を惹き起こしたことになります。

被告の「善意の持ち主」の点に関しては、次のような祖母の証言をヒントにしています。

 

(「メモにはなく、記憶にとどめていることを加筆」とある)家出した雄起君の引き取りをめぐって、川口被告と言い争いになり、泪を流してまで「私に任せて」という親身な態度に負けたと呟くように証言。この後、無念の想いが込み上げてきたらしく、泣き出す。これを見て、もらい泣きする大迫被告・・・・・。


 雄起君の性格は、担任の教員の証言によりますと、「やさしくて、明るい子」。その例として、「動物好きで、うさぎは一度しか抱けないルールであるのに、何度も抱こうとした」と陳べています。

こういう悲惨な事件に雄起君が巻き込まれ亡くなった関係からでしょうか。教員の言葉に被害に遭いやすい危険な二つの要素を見てしまいます。この場合の「やさしさ」とは、「やさしいから動物好き」なのか、「小動物を見ると、やさしい気持ちに満たされる子ども」なのかがわかりませんが、いずれにしろ、「やさしい子」と評価したことから始まる「縛り」に苦しむ子どもの姿を見てしまいます。次に、雄起君はルールを守ることに対しては、感動や興奮を優先しがちなため、ルーズな一面があり、これゆえに川口被告からつけこまれるスキがあったことは否定できないと思います。
 川口被告は、身長は170センチぐらいで、体重は100キロを超えるほどの大柄の体躯の持ち主です。食事制限の必要がわが身に迫っていそうな、それをまるで必要のない雄起君に対して行っていたのですから呆れ返ります。これには「巨母」という肥大した自己イメージが関係していると思います。この(神格化した)身体でもって、わが子の身の安全を護る一方で、危害を加えそうな子どもに対しては「病気」と信じてうたがうことはなかったといえるのではないでしょうか。事実、川口被告は、生徒に体罰を加えたという教員に対して抗議活動を行い、自主的な転校に成功しています。この後も、「次はどの教師を転校させてやろうか」(読売)と、母親仲間に語っていたとのこと。
 本件は、川口被告が狐か何かの動物の霊が取り付いているために、雄起君の精神が異常をきたしていると見誤ったことから、動物霊の退治と称して食事制限を行ったものではないかと見ています。
 監禁部屋に関しては、被告にとって象徴的な「胎内」で、胎児化した雄起君の再生をひたすらに祈っていたのではないでしょうか。


 何度も繰り返しますが、本件は、「巫女」という、随神(かんながら)の道に仕える者の仕業です。

 

前に述べたある宗教的儀式ですが、これは「祈り(=居・乗り?)」と見ています。実際に、マンションの一室にこもって、祈祷中心の治療を行っていた形跡があります。

これは弁護士の反対尋問で明らかになったことですが、月々の電気代が4万円にものぼっています。これはエアコンの長時間の使用と関係があるということです。念のため、ネットで調べてみると、毎日8Hのエアコンの使用で月に5千円から1万円とはじき出しているのを参考にすると、その3倍の24H、つまり、4万円という電気代は一台のエアコンを一日中使っても十分にお釣りが出る計算になります。ということは、外で働きずくめの母親の大迫被告ではない誰かがマンションの一室にいたことになります。

ここで気になるのは、雄起君が閉じ込められた部屋でエアコンを使っていたか否かの点ですが、証人台に立った祖母の証言を聞く限りでは、使っていなかったと思われます。

 

 ――マンションの部屋に入った時、はじめは雄起君に気付かなかった?
「クーラーがかかっていて、食事をした後がある・・・」

 ――玄関を入った左側のドアには南京錠がかけられていたのですね。それで気になって、・・・・・ドアを開けて中に入ったんですね。

「・・・・・部屋の電気が点かない。・・・・・懐中電灯が頭の上にあって、ユーキは上半身裸で、下は普通の短パンをはいていた。・・・・・寝ていた」
 ――貴方はびっくりして、雄起君を揺り起こして、自分の家まで連れて帰り、事情を聞いてみましたよね。
「ぼくがゆうことを聞かないから、反省するまでそうしていなさいって・・・・・」
 ――雄起君がお仕置きされているという話は?
「はっきりと覚えていない」(傍聴メモより抜粋。一部加筆あり)

自註)矛盾するかもしれませんが、証言者祖母で「(一緒にお風呂に入ったときに)ふくらはぎに内出血の跡が。ぼくがゆうことを聞かないから川口のおばさんから叩かれた、と。詳しい説明はなかったが、ぼくが悪いからって。シナイを使って」と傍聴メモ。この種の暴行は、取り付いている動物霊を落とすためと見ています。

 

 上にある証言内容から、雄起君のいる監禁部屋でエアコンを使っていなかったことはほぼ確実と思います。ということは、エアコンの使用は川口被告が関係していることになります。他には、川口被告のお子さんの使用も考えられますが、この種の治療には言語を絶した精神集中が欠かせないと思われ、お子さんの存在は妨げになる関係から知人や親戚の家に預けていたと推測。

 一方で、エアコンをかけたまま外出することもあったわけだし、仮にマンションの一室にこもっていたとしても、その間、お茶の間で横になり、テレビのよろめきドラマなんかを煎餅をかじりながら見ていた可能性も残ります。ですが、下の新聞記事にもあるように、川口道子被告は府警住吉署の調べに対して「誠心誠意、世話した」(毎日)と答えています。

「世話」の点は頭から否定できますが、「誠心誠意」という言葉にウソ偽りはないと受け取っています。というのは、「世話」に代わる何かを一心不乱に行っていたと思っているからです。被告の言葉は、その可能性を示唆しています。

ここで一歩譲って、「誠心誠意」の治療が真っ赤な嘘で、二万円余の治療費をだまし取る目的で、つまり、事件は単なるネグレクトによって起きたとすれば、この事件の説明は整合性が保てなくなります。というのは、川口被告の前身は、学校の病んだ良心を立て直そうとした熱心な活動家だったからです。その情熱が雄起君に向けられ、熱心な治療がはじまったと解釈するほうがすぐれて整合性が保てるはずです。そして、その治療を有り合わせの方法でやろうとすれば、結局は、あれしかありません。つまり、検察側の説明は、学校の病んだ良心を立て直そうとした被告の本質が「治療者」であったことを完全に見落としています。

 

「祈祷」の有無、言い換えると、川口道子被告が大迫雄起君の治療に「祈祷」を採用したかどうかが、本件の謎を解き明かすキーと見ているわけですが、書くまでもなく、裁判ではまるで問題にしていません。事件の本質そのものが見えないために、公判は本末転倒の議論に終始していたとしか思えません。

ところで、法廷における本末転倒の議論には、次のような憲法の規定と関係があると主張する方もいられると思うので、管見を述べると、人殺しを正当化する悪魔的な良心を所持していたとしても、その自由を憲法が保障しているので、それをもって国は処罰の対象とすることはできないと考えています。しかし、人の財物や生命を奪うなどの不法な行動が犯人の所持する悪魔的な良心と緊密な関係にあったとすれば、この問題は、どう取り扱うべきでしょうか?

 原則的には、たとえ悪魔的な良心の関与が否定できないケースが生じたとしても、それをもって彼被告の良心を裁くことができないと考えます。というのは、合憲状態にあるからです。その代わり、彼被告の良心の自由を保障した国が主体的責任を負うことになります。従って、損害が発生すれば、国が賠償責任を背負うべきという考え方が当たり前のように導かれます。この論理をさらに推し進めれば、犯人を精神病院送りするケースではなおのこと、免責の結果、やはり、国が全面的に責任を負わされると考えています。

 こうした事情が背景にあるから、たとえ見え見えのケースでも、見て見ぬふりをしているのではないかと勘繰りたくなりましたが、刑事法では犯人の処罰対象が良心主体ではなく意思主体に絞られていますから、当然の帰結といいますか、マンネリ化した法廷の風景です。

 

憲法19 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

20 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 

関連記事1 「調べなどによると、大迫被告は、近所の母親グループの中でリーダーのように振る舞う川口被告を頼っていた」(某紙200436
関連記事2 川口道子被告(38)が住んでいた住吉区内のアパート管理人の男性(81)は「少し前に『部屋を二月いっぱいで明け渡す』と言って妹らしき人が来て荷物を処分したが、部屋の中はゴミだらけだった」と振り返る/川口被告は大柄な体格で目立っていたという。近所の男性(55)は「以前は愛想がよくにこにこしていたが、三、四年前から人が変わったようになり、擦れ違ってもあいさつをしなくなった」と話した。
(発見時には骨と皮の状態 助けたかった、と近所の人共同通信ニュース速報200435)
関連記事3 「府警住吉署の調べや関係者などによると、大迫被告は、母親仲間から「(雄起君は)言葉が遅れている」などと言われたことを心配していた。また、雄起君が他の子どもを突き飛ばすなどしたことから「発育に問題があるのではないか」と悩むようになったという。(毎日新聞200436
関連記事4 「調べでは、両被告は1993年四月ごろ、大迫被告が働いていた子供服店に川口被告が客として訪れて知り合った。大迫被告はその後離婚し、ともに母子家庭となり、子供同士が同級生だったことから親しくなったという」(中日新聞200436
関連記事5
 「雄起君の母親の大迫智枝被告(36)=保護責任者遺棄致死罪などで起訴=に代わり日常の世話をしていたとされる知人の川口道子被告(38)=同=は、府警住吉署の調べに「誠心誠意、世話した」と虐待を否定していたが、実際には風呂にもほとんど入れていなかった様子がうかがわれるなど、深刻なネグレクト(養育放棄)だったとみられる(毎日新聞20043・7)

 

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