犯行主体は、《巫女》という治療者?
そもそもこんな信じがたい事件が何故に起きたかというと、雄起君が同級生の川口被告の長男を突き飛ばした点にあると見ています。怪我こそありませんが、これがきっかけになって、危害を加えそうな子の頭がおかしいのではないかと疑念を抱いたことから、雄起君に対して「口ごもる」とか「他人とコミニケが取れない」とか「肥満気味(?)」(教員の証言)といった点をとらえて、それぞれ「言語障害」「精神障害」「発育不全」とかのわけのわからぬ病気をでっちあげたと見ています。
と書きましたが、「疑念を抱いた」の点に関しては、「哀れに思った」と書き換えるべきかもしれません。同様に、「でっちあげた」も改めるべき必要を覚えますが、適当な言葉が思い浮かびませんので、とりあえずは、そのまま。
たとえば、 2004年7月9日の公判では、「死んだまねをして救急車を呼んだ」という雄起君の問題行動についての検事の尋問がありました。証人(担任の教員)は「おかしいと思った」とか「救急車を呼ぶほうがおかしい」とか陳べていました。で、「誰が呼んだと思うか」の尋問に対しては、「大迫さんのお母さんだと思います」と陳べても、人物が特定できたわけではありません。
この件に関しては、雄起君はそのまま眠っていたくてじっとしていたところ、母親の大迫被告が勘違いして救急車を呼んだようです。もし、情報源が母親ならば、「雄起君の様子がおかしいから、救急車を呼んだ」となるところ、「死んだまねをして救急車を呼んだ」という奇妙なフレーズを創作するのは、悪意をもった・邪推深い第三者しか考えられません。
と書きましたが、ここでも悪意はなく、川口被告はあくまでも善意の持ち主であり、「奇跡」を信じようとした日本版マザー・テレサという見方が成立するのであれば、雄起君に取りついた動物霊が「死んだまねをして・救急車を呼んだ」との解釈が成立します。つまり、「死んだまね」を雄起君によそわせただけではなく。「救急車」に関しても、動物霊が大迫被告を使って「呼ばせた」と理解すればつじつまが合います。
川口被告の独り相撲といいますか、妄想的な世界に入り込んで、動物霊と格闘している様子が見えたとしても決しておかしくはないと思います。
被告自らが作ったおニュー母親物語(妊娠幻想、後述)に溺れた結果が見るも無残な児童衰弱死事件を惹き起こしたことになります。
被告の「善意の持ち主」の点に関しては、次のような祖母の証言をヒントにしています。
(「メモにはなく、記憶にとどめていることを加筆」とある)家出した雄起君の引き取りをめぐって、川口被告と言い争いになり、泪を流してまで「私に任せて」という親身な態度に負けたと呟くように証言。この後、無念の想いが込み上げてきたらしく、泣き出す。これを見て、もらい泣きする大迫被告・・・・・。
雄起君の性格は、担任の教員の証言によりますと、「やさしくて、明るい子」。その例として、「動物好きで、うさぎは一度しか抱けないルールであるのに、何度も抱こうとした」と陳べています。
こういう悲惨な事件に雄起君が巻き込まれ亡くなった関係からでしょうか。教員の言葉に被害に遭いやすい危険な二つの要素を見てしまいます。この場合の「やさしさ」とは、「やさしいから動物好き」なのか、「小動物を見ると、やさしい気持ちに満たされる子ども」なのかがわかりませんが、いずれにしろ、「やさしい子」と評価したことから始まる「縛り」に苦しむ子どもの姿を見てしまいます。次に、雄起君はルールを守ることに対しては、感動や興奮を優先しがちなため、ルーズな一面があり、これゆえに川口被告からつけこまれるスキがあったことは否定できないと思います。
川口被告は、身長は170センチぐらいで、体重は100キロを超えるほどの大柄の体躯の持ち主です。食事制限の必要がわが身に迫っていそうな、それをまるで必要のない雄起君に対して行っていたのですから呆れ返ります。これには「巨母」という肥大した自己イメージが関係していると思います。この(神格化した)身体でもって、わが子の身の安全を護る一方で、危害を加えそうな子どもに対しては「病気」と信じてうたがうことはなかったといえるのではないでしょうか。事実、川口被告は、生徒に体罰を加えたという教員に対して抗議活動を行い、自主的な転校に成功しています。この後も、「次はどの教師を転校させてやろうか」(読売)と、母親仲間に語っていたとのこと。
本件は、川口被告が狐か何かの動物の霊が取り付いているために、雄起君の精神が異常をきたしていると見誤ったことから、動物霊の退治と称して食事制限を行ったものではないかと見ています。
監禁部屋に関しては、被告にとって象徴的な「胎内」で、胎児化した雄起君の再生をひたすらに祈っていたのではないでしょうか。
何度も繰り返しますが、本件は、「巫女」という、随神(かんながら)の道に仕える者の仕業です。
前に述べたある宗教的儀式ですが、これは「祈り(=居・乗り?)」と見ています。実際に、マンションの一室にこもって、祈祷中心の治療を行っていた形跡があります。
これは弁護士の反対尋問で明らかになったことですが、月々の電気代が4万円にものぼっています。これはエアコンの長時間の使用と関係があるということです。念のため、ネットで調べてみると、毎日8Hのエアコンの使用で月に5千円から1万円とはじき出しているのを参考にすると、その3倍の24H、つまり、4万円という電気代は一台のエアコンを一日中使っても十分にお釣りが出る計算になります。ということは、外で働きずくめの母親の大迫被告ではない誰かがマンションの一室にいたことになります。
ここで気になるのは、雄起君が閉じ込められた部屋でエアコンを使っていたか否かの点ですが、証人台に立った祖母の証言を聞く限りでは、使っていなかったと思われます。
――マンションの部屋に入った時、はじめは雄起君に気付かなかった?
「クーラーがかかっていて、食事をした後がある・・・」
――玄関を入った左側のドアには南京錠がかけられていたのですね。それで気になって、・・・・・ドアを開けて中に入ったんですね。
「・・・・・部屋の電気が点かない。・・・・・懐中電灯が頭の上にあって、ユーキは上半身裸で、下は普通の短パンをはいていた。・・・・・寝ていた」
――貴方はびっくりして、雄起君を揺り起こして、自分の家まで連れて帰り、事情を聞いてみましたよね。
「ぼくがゆうことを聞かないから、反省するまでそうしていなさいって・・・・・」
――雄起君がお仕置きされているという話は?
「はっきりと覚えていない」(傍聴メモより抜粋。一部加筆あり)
自註)矛盾するかもしれませんが、証言者祖母で「(一緒にお風呂に入ったときに)ふくらはぎに内出血の跡が。ぼくがゆうことを聞かないから川口のおばさんから叩かれた、と。詳しい説明はなかったが、ぼくが悪いからって。シナイを使って」と傍聴メモ。この種の暴行は、取り付いている動物霊を落とすためと見ています。
上にある証言内容から、雄起君のいる監禁部屋でエアコンを使っていなかったことはほぼ確実と思います。ということは、エアコンの使用は川口被告が関係していることになります。他には、川口被告のお子さんの使用も考えられますが、この種の治療には言語を絶した精神集中が欠かせないと思われ、お子さんの存在は妨げになる関係から知人や親戚の家に預けていたと推測。
一方で、エアコンをかけたまま外出することもあったわけだし、仮にマンションの一室にこもっていたとしても、その間、お茶の間で横になり、テレビのよろめきドラマなんかを煎餅をかじりながら見ていた可能性も残ります。ですが、下の新聞記事にもあるように、川口道子被告は府警住吉署の調べに対して「誠心誠意、世話した」(毎日)と答えています。
「世話」の点は頭から否定できますが、「誠心誠意」という言葉にウソ偽りはないと受け取っています。というのは、「世話」に代わる何かを一心不乱に行っていたと思っているからです。被告の言葉は、その可能性を示唆しています。
ここで一歩譲って、「誠心誠意」の治療が真っ赤な嘘で、二万円余の治療費をだまし取る目的で、つまり、事件は単なるネグレクトによって起きたとすれば、この事件の説明は整合性が保てなくなります。というのは、川口被告の前身は、学校の病んだ良心を立て直そうとした熱心な活動家だったからです。その情熱が雄起君に向けられ、熱心な治療がはじまったと解釈するほうがすぐれて整合性が保てるはずです。そして、その治療を有り合わせの方法でやろうとすれば、結局は、あれしかありません。つまり、検察側の説明は、学校の病んだ良心を立て直そうとした被告の本質が「治療者」であったことを完全に見落としています。
「祈祷」の有無、言い換えると、川口道子被告が大迫雄起君の治療に「祈祷」を採用したかどうかが、本件の謎を解き明かすキーと見ているわけですが、書くまでもなく、裁判ではまるで問題にしていません。事件の本質そのものが見えないために、公判は本末転倒の議論に終始していたとしか思えません。
ところで、法廷における本末転倒の議論には、次のような憲法の規定と関係があると主張する方もいられると思うので、管見を述べると、人殺しを正当化する悪魔的な良心を所持していたとしても、その自由を憲法が保障しているので、それをもって国は処罰の対象とすることはできないと考えています。しかし、人の財物や生命を奪うなどの不法な行動が犯人の所持する悪魔的な良心と緊密な関係にあったとすれば、この問題は、どう取り扱うべきでしょうか?
原則的には、たとえ悪魔的な良心の関与が否定できないケースが生じたとしても、それをもって彼被告の良心を裁くことができないと考えます。というのは、合憲状態にあるからです。その代わり、彼被告の良心の自由を保障した国が主体的責任を負うことになります。従って、損害が発生すれば、国が賠償責任を背負うべきという考え方が当たり前のように導かれます。この論理をさらに推し進めれば、犯人を精神病院送りするケースではなおのこと、免責の結果、やはり、国が全面的に責任を負わされると考えています。
こうした事情が背景にあるから、たとえ見え見えのケースでも、見て見ぬふりをしているのではないかと勘繰りたくなりましたが、刑事法では犯人の処罰対象が良心主体ではなく意思主体に絞られていますから、当然の帰結といいますか、マンネリ化した法廷の風景です。
■憲法第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
関連記事1 「調べなどによると、大迫被告は、近所の母親グループの中でリーダーのように振る舞う川口被告を頼っていた」(某紙2004・3・6)
関連記事2 川口道子被告(38)が住んでいた住吉区内のアパート管理人の男性(81)は「少し前に『部屋を二月いっぱいで明け渡す』と言って妹らしき人が来て荷物を処分したが、部屋の中はゴミだらけだった」と振り返る/川口被告は大柄な体格で目立っていたという。近所の男性(55)は「以前は愛想がよくにこにこしていたが、三、四年前から人が変わったようになり、擦れ違ってもあいさつをしなくなった」と話した。(発見時には骨と皮の状態 助けたかった、と近所の人共同通信ニュース速報2004・3・5)
関連記事3 「府警住吉署の調べや関係者などによると、大迫被告は、母親仲間から「(雄起君は)言葉が遅れている」などと言われたことを心配していた。また、雄起君が他の子どもを突き飛ばすなどしたことから「発育に問題があるのではないか」と悩むようになったという。(毎日新聞2004・3・6)
関連記事4 「調べでは、両被告は1993年四月ごろ、大迫被告が働いていた子供服店に川口被告が客として訪れて知り合った。大迫被告はその後離婚し、ともに母子家庭となり、子供同士が同級生だったことから親しくなったという」(中日新聞2004・3・6)
関連記事5 「雄起君の母親の大迫智枝被告(36)=保護責任者遺棄致死罪などで起訴=に代わり日常の世話をしていたとされる知人の川口道子被告(38)=同=は、府警住吉署の調べに「誠心誠意、世話した」と虐待を否定していたが、実際には風呂にもほとんど入れていなかった様子がうかがわれるなど、深刻なネグレクト(養育放棄)だったとみられる(毎日新聞2004・3・7)。
by ayarin
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